思い出す度にどんよりとした気持ちになる自分の考えの黒歴史がある。
なぜ「考えの黒歴史」なのかといえば、その黒歴史は私以外誰も知らず、私の頭の中で完結した。忘れられない定期的に思い出してしまう黒歴史だ。
まだ30代だった。
私が結婚し子供がまだ小さい頃。
私の暮らす街の近くの街で強盗犯が捕まらないとの噂がたった。
その噂がたまに話題にのぼった。
たぶん金に困った男だろうね。
はやく捕まるといいね。
そんなたわいもない会話でなぜか瞬間的に胸がざわざわした。
暗い気持ちの毎日が始まる。
あの捕まらない強盗は父なんじゃないか…
その考えに囚われはじめる。
結婚する何年か前。
数年前に父を置いて夜逃げした後に、父の知人から父がICUにいるので見舞ってくれと言われた。
酒びたりの父が血を吐き自分で救急車を呼んだらしい。自分で呼ぶあたりがどうも怪しいと思ったが、せっかく連絡してくれた知人のために病院に行った。
途中でスーパーに寄ってなんとなく入口で見かけた花を買った。
病院について受付で父の名前を言うと意識もあるので娘さんなら会えますよと言われた。
ドキドキしながらICUに入ると痩せてオムツをつけた父が横になっていた。
想像していたICUというイメージよりも、雑な感じだった。
「なんだすぐにでも死にそうな感じではないじゃん。来なければよかった。」と思った。
父はその時期すでに立派なアル中だった。
私達がいなくなった後過度な飲酒による肝炎と多臓器不全になった。
入院した時は危ない状態だったと看護師さんに説明された。
すっかりお爺さんみたいな顔になっていて看護師さんに
「こんな娘さんがいるなら死にたいなんて言っちゃだめだよ」と言われていた。
困った顔なのか泣いているのか分からない顔をして、私が持っていた花を見て嫌な顔をした。
「そんなもの飾れないから持ってけ」と言った。
なんだか情けなくて腹が立ってきた。
部屋から出てすぐのゴミ箱におもいきり花を投げ捨てた。
その瞬間に、それが仏壇にあげる花だと気づく。
だから嫌な顔をしたのか。私はよくそんなしょうもないミスをする。
絶妙な皮肉が含まれたやってはいけないミス。ICUに仏花。
行かなければよかった。
ふと、私をずっと見ている嫌な感じの視線に気づく。
派手で下品なスーツを着た2人組だった。
「もしかして娘さん?似てるね~」
「父がいつもお世話になっております」
とりあえず丁寧にお辞儀をした。
「お話できる?」
「すみません帰るところです」
人と話す気分になれなかった。
ICUは身内しか入れませんよ!帰ってください。
看護師さんの2人への大きな声の叱責で気づく。
それは闇金の取り立てだった。
その場から走って逃げた。
来なければよかった。
取り立てがウロウロする。表向きは禁止されても闇金に関してはまだそんな感じの時代だった。
忘れられないオムツ姿の父。
数年たっても脳裏に焼き付いていた。
どんどん最悪の事を考える。
強盗がもし父で逮捕されたら死のう。
耐えられない。
子供には可哀想だが、私はきっと耐えられない。
あの時、ICUでそのまま死んでくれたら良かったのに。
夫に合わせる顔がない。
ずっと思い詰めながらも、はためには分からないように明るく振舞った。
可愛い盛の子供を連れて公園で遊びママ友とおしゃべり。穏やかな日々。
夫の仕事も忙しく家庭を守らなければと頑張った。普通の日々。
その一方父への疑念に勝手に苦しんでいた。
犯罪者の娘、孫。耐えられない。
こっそり卒業アルバムを全部捨てた。
自分の結婚までの写真も全部捨てた。
普通の暮らしをしながらも
密かな終活をしていた。
今思うと相当思い詰めていたのだろう。
何ヶ月か経ち
強盗があっさり捕まったと耳にする。
それは父ではなかった。
力が抜けそうだった。
急に人生がバラ色になったような安心感。
自分の中だけで解決した。
心の中で何度父に謝ってもきっと許されない。なにより自分が自分を許せない。
最低な黒歴史。
ココ