父は年中カブに乗っていた。
今思うと父の人生は
自由で子供のようだ。
後部座席は座布団。
いまでも新聞配達の人が乗っているあのバイクである。
あれに乗って普通では考えられないくらい遠く100キロでも出かけて行った。
もちろん行き先は赤ペン持ってギャンブルである。
昔は生真面目だった時期もあったようだが、運悪くビギナーズラックの連続でどんどんギャンブルにはまり時には数日かけて違う県までギャンブルに出かけたこともあった。
思えばカブは父の相棒だった。
カブに乗って出かける時がきっと一番自分が自分でいられたのだろう。
いつも自分勝手に出かけていた父だったが、私もカブのうしろに乗った思い出がある。
いつも出発は突然の気まぐれだった。
後部座席に座布団をひもでくくりつけまたがった。
父にしがみつくと準備完了で走り出した。
私はうしろに乗るのが下手でカーブで曲がるたびに安物のズック靴から火花が散り足が熱を持った。
薄い靴底がカブに乗り終わるとさらに減っていた。
行き先は競輪場。
たまに気まぐれに海や山だった。
その日は山菜取りをするような山奥に行った。
父は1度も振り返ることなく好き勝手に進む。
急勾配を必死でついて行くが、どんどん行くので早い。
怖くなった私はふと下を見てしまった。
そこは本当に信じられないくらいの傾斜でそれ以上1歩も動けなくなった。
それでも全然振り返ることなく進む父にちいさな声で訴えた。
「まってよぉ」
やっとのことで気づいてもらえた。
「なにやってるそこから動くなよ」
父は怒鳴りながら戻る。
父にしがみついてどうにかズルズルと傾斜を下った。
今思うと小さい子供は普通自分の前を歩かせないか?と腹が立つ。
むちゃくちゃで怒られる筋合いはなかった。
「あの時はもうダメかと思った転げ落ちなかったのが不思議だ」
大爆笑しながら飲みながら人に何回も話していた。
毎度のことながら安定の無責任ぶりである。
顔が熱かった焚き火。
カブに乗った想い出はもうひとつある。
大晦日から年が明けた頃だった。
一旦寝ていた父がむくっと起きだし突然気まぐれに初詣に行くと言い出した。
北国の冬の道を私を連れてカブで行くという父。
眠くて少したいぎだった。
細かい事は覚えていないが、車ではなくカブに乗って行った。
今になって考えると飲酒運転で人様に迷惑をかけなくてよかったと思う。
背中に赤ん坊のように私をくっつけ大きめのジャンバーを上からすっぽりと着た。
腰を紐で父に結びつけていた。
何のためにそこまでして行きたいのか分からないが、ものすごい重装備で出発した。
しんとした冬道を5分ほど走り町の神社に着いた。
焚き火にあたりながら甘酒を飲んだ。
父の知り合いらしき人がこちらを見ていた。
「娘?」と聞かれ頷いた。
初めての初詣。
夜中の外出は非現実的で楽しかった。
焚き火で顔が熱く甘酒ですっかり体があたたまる。
来てよかったなと思った。
帰り道バイクの背中で何度も寝てしまいそのたびに
「寝るな!」と大声で怒鳴られた。
父との想い出はいつも気まぐれでいつも怒鳴られてばかりだ。
そしていつも少しばかり命がけだ。
ずっと年下のままがいい。
父はやる事がいつも雑でめちゃくちゃだった。
あの時はおそらく30代だった父。
そして私の中の父の思い出は最後に会った40代の父で終わっている。
思い出の中の父が年下になった。
たくさん苦しめられた父。
記憶の中で父はただの若造になった。
これから先も会うことのない父。
憎んだ父も年下ならば、記憶の中でほほえましい。
ときどき自分や自分の子どもの中に父によく似た部分を見つける。
たぶん親子とはどうしようもないくらい
そんなものなのかもしれない。
ココ