気を抜いて歩いていると建物のガラスにイケてない疲れたババアがいた。
それが自分だと気づくとがっかりする。
もうすこしイケてるつもりだったのに。
きちんと理解するべき現状。
娘達にとって50代の私は
”旬を過ぎたオバサン"にしか見えてないんだろうと思う。
娘二人を見ていると、羨ましいほどのみなぎる若さと無垢でこれから様々な事を経験するであろう未来がある。
それに比べると自分は、まだ充分イケてるつもりでも所詮わちゃわちゃうるさい50代のおばちゃんの1人にすぎない。
娘たちに
「今日、50代に見えないと言われた」
こんな事を報告しようものなら瞬時にお叱りをうける。
「お世辞を真に受けないように…」
「見えます。きちんと年相応に…」
たしかに前の職場に「何歳に見える?」と
難しいクイズのような事を初対面の相手に言う同年代がいた。
「私こうみえても50過ぎてるのよ」というヒントを出しているがこれも危険な言葉だ。
こうみえてもは周りが言うからいいのだ。
自分で言ってしまえば相手を微妙な気持ちにさせることこの上ないだろう。
マスクの中で相手の口がへの字になっているかもしれないが今の時代は見えない。
自分の現実をきちんと把握して謙虚にいこうと心に誓ったものだ。
昭和の母
サザエさんが24歳、フネさんが52歳と聞いて驚いた事があるが昭和の女性は落ち着いていた。
というか…今より年に見えた。
時代もあるのかもしれないが私が小学生の時の30代の母は、おばさんそのものに見えた。
当然ながら母親にも青春時代があり、恋をしたり悩んだり失敗をしたりしたとは想像もできなかった。
いつの間にか私の母親としてこの世に存在していたのかと思っていた。
最近になって色々なエピソードを聞いて笑ったり驚いたりしたのだが母にも若かりし青春時代はあったようだ。
20代の母のはなし。
母は理容師の学校を卒業し、個人でやっている床屋に住み込みで雇われた。
まだ見習いで当時は最初からハサミを持たせて貰える訳ではなく、そこの家事手伝いも兼ねたような仕事内容だった。
床屋の近くには劇場があった。
たぶんストリップ劇場のようなものなのかと思う。
そこの踊り子達は数ヶ月単位で違う土地に移動しながら生活をしていたようだ。
近くの銭湯で踊り子達と一緒になるといつもコーヒー牛乳をご馳走になった。
次の巡業先に行く前にはいい香りのする石けんやお菓子をいつも母にくれたそうだ。
歳のわりに幼くなにも知らなかった母のことを可愛がってくれていたようだ。
そこの劇場のボーイがいつも床屋に来ていたらしく母とも顔見知りだった。
いつも山で採った山菜を店主に持って髪を切るわけでもないのにやってくる。
母は山菜をもったボーイを見るたびに
「あいつまた来やがった」
そんな風に思っていた。
そのボーイのもってくる[みず]という山菜がくせものだった。
大人にはシャキシャキしてみずみずしくおいしいのだが処理が面倒な山菜だった。
持ってくるたびに皮を一本一本むかされるのがたまらなく嫌だった。
あいつ、たいして腹の足しにもならないみずをいつも持ってくる。
たまには美味しいパンでも持ってくればいいのに。
そんな事を思っていたある日。
母はボーイに美味しいラーメン屋があるから行こうと誘われた。
いつも腹を空かせていた食いしん坊がバレていたのかもしれないが、兎に角 食い意地に負けて行くことになった。
ボーイがバイクで迎えに来てラーメンを食べた。
普段、住み込みの質素なご飯だった母はそれだけで大満足だった。
ラーメン屋を出て少し山のほうをバイクで走ることになり母は再びまたがった。
食べ物で簡単に釣られたようだ。
どこまで行くのかと思うほど山奥に行きようやくバイクを停めた。
ポツンと一軒家のような所だった。
「少しここで待ってて」
そう告げて1人で山の中に入っていった。
信じられないほど長い事ほおっておかれた。
ポツンと佇む母。
暇だな・・・・
待てど暮らせどボーイは戻って来ず母はだんだんそこにいるのにも飽きてきた。
目の前の綺麗な小川を眺めていたが、少し足を入れてみた。
夏の暑さに山の水の冷たさが気持ちよく膝までまくった。
ついでに腕も入れたりした。
服ががびしょびしょに濡れたけど夏だしすぐ乾くからいいや。
そんな感じで水遊びをしていたが、かなりの時間がたったような気がした。
いくら待っても戻らないとさすがに不安になってきた頃 。
向こうから知らないおじさんとおばさんがバスタオルを2枚ずつ持って歩いてきた。
来た時からあった山奥の家に、まさか人が住んでいるとは思っていなかった母は腰が抜けるほど驚き恥ずかしくなった。
いつから見ていたんだろう…
「拭いて1回家に入りなさい」
突然タオルを出された母。
怖くなって頑なに固辞した。
あまりに母が断るので、ならば縁側ならいいだろうと言われ仕方なく座ると、用意していたのかと思うくらい次々と飲み物や果物が出てきた。
さすがの母も気まずくて枝豆をひとつだけもらってもじもじと食べていたらおじさんに
「あなた今日は泊まっていきなさいよ」と唐突に言われる。
なんで⁉
驚きに言葉を失っていたちょうどその時。
ボーイが山のように山菜のみずを持って戻ってきた。
助かった。
このおかしな人達から逃げれる。
ご馳走様でしたと言い急いでその場から帰ろうとしたら、縁側の食べ物をリュックに詰めてお土産に持たされた。
バイクにみずを括りつけてリュックを背負わされ帰ろうとしたその時
「とうちゃんかあちゃん、じゃあな」
そこはボーイの彼の家だったのだ。
そうだったのか・・・
「言えよ…」
帰り道
バイクの後ろで次から次と疑問がわいてきた
腑に落ちない気持ちでバイクに乗っていたらパトカーが後ろをゆっくり付いてきた。
「そこのバイク止まりなさい」
もちろんヘルメットもかぶっているし、なんだろうとおそるおそる停止した。
「あなた達、さっきからみずをバイクから落としてるからね」
「ちゃんと積まないと後ろにも危ないから」
確かにみずは荷台で半分になっていた。
迷惑をかけないよう今来た道を戻ったらごっそり落としていた。
道路のみずを馬鹿みたいに拾った夏の日。
踊り子さんに可愛がられ
バイクの後ろに乗り
パトカーに追われる
20代の母。
10代の孫である私の娘が
「その人きっと好きだったんだよ」
ませた事を言って盛り上がっていた。
それがおとうさんだったらどんな人生だったのか・・・
そうなれば私は私ではなかったのか。
そう。
おばさんにだって
おばあさんにだって
青春時代はあった。
ココ