子育て

じここうていかんっていうけれど。

子育て

自己肯定感の低さを自覚しているがそんなの特にどうって事ないと思っている。

自己肯定感が育つはずがない。



小さい頃にあまり褒められずに育つと
自分に自信が持てずにいつも人の目ばかり気にするというよくある説明


いまや寝ながらでも人に説明できるほど何回も聞いたり本で読んだ。


なるほどその通りだなと思う。

時代もあると思うが、幼い頃から親にぶん殴られて育った。
我が家だけではなく叱る時は叩く親が周りも多かったし先生達もそうだった。

「ほらみたことか」「人様に恥ずかしいことばかりする」「ダメダメそんなんじゃ」

褒めるどころか理不尽な鉄拳と叱咤激励とが日常だった。


常に親の機嫌と顔色を伺っていたせいで、相手の気色ばむ一瞬を決して見逃さない。


こういう育ち方だと自分の軸がなく常に自分のすることに疑問を持つと言うが、これは育ちもあるが持って生まれた性格もあるだろう。


そんな人が大人になると



大人になって仕事をすると自己肯定感の低さはマイナスばかりではなくプラスにもなった。


よく思われたいので頑張る事が苦ではない。
最初のうちこそ失敗も多いが仕事に慣れるのも遅くはない方だった。


適当にサボるという発想はないのである程度まで順調に進む。
気持ち悪いくらい腰が低くて謙虚に振る舞うが、決して自分の中の自己評価まで低い訳ではない。

仕事にも慣れ責任が増えるにつれ
頑張っている自分に酔う昭和世代。
人にはあまり頼らない。


この辺りまではむしろ長所だろう。


デビル・ビビる・ガンバる!


そしてベテランになり始めた頃に必ず訪れる

自分は本当は無能なのではないか…


自分を信じて壁を乗り越えるのが急にしんどく逃げたくなるのだ。
このままいくとのしかかる責任が見えてくると急に元気がなくなるのだ。


この辺のどうせ自分なんてが自己肯定感の低さの良くないところだと自分では思っている。


自己肯定感が高い人。
バリバリと迷わず乗り越え人を引っ張っていけるリーダーはこの世の宝だ。


たぶん小さい頃からアメリカのホームドラマのダッドやマムがよく言うセリフ。


「お前を愛してる」
「お前を誇りに思うよ」
「お前を信じてる」


そう言われて育ったのだろう。




私はずっとそんな風に思っていた。


でも案外そうでもないと今は思う。

そだった環境のせいじゃない。

自分は出会いに関しては強運だと思う。



今まですべて。

どの職場でも人に恵まれていた。


厳しい人もいたがそれでもいつも人からの学びは多かった。



過去に働いた同僚に自己肯定感も自己評価も高く、きちんと自分で自分を認めている人がいた。
もちろん仕事もできて、周りへの気遣いに溢れウイットに富んだ人なのだ。

親しくなっていくうちに、どんな風に育ったかを話すとかなり自分と共通点があって驚いた。


私を上回るほどのハードな幼少期。
殴られるどころか蹴られもして育ったその人は、ちゃんと自己肯定感が高かった。



褒められずに育ったおかげで自己肯定感が低いなんて親のせいにしていいのは、せいぜい20代までかもしれないと気付かされた。
いつまで中二を引きずっているんだって話なのだ。





とにかく続ける事

これが自分に足りない部分なのだ。
次のステージに行く前はこんなんでいいのかと自分に疑問が湧いてくる。
それは飽きともいうだろう。このままいくと必ずくる面倒からの逃げ癖がある。

自分にはこれがあります
と言える強みは結局は何十年も続ける事だろう。
逃げずにやり続ければそんな自分を肯定できるのだと思う。

自分の良さをいかさなければ



自己肯定感が低いなりの強みだってある。



人の顔色が気になるから相手の気持ちを察するのが早い。
共感力が強いのは介護職では役に立った。
お年寄りの触れて欲しくない事や聞かれたくない部分がなんとなく分かった。


人には悲しく弱い部分があってそれを大切にしようと思うのは、痛みを感じる経験があったからこそのように思う。

それは紛れもなく親のおかげだろう。
親になってみて子供を褒めてばかりもいられなかった気持ちも分かった。
親としての私自身だって自己肯定感を挫く言葉を言ってしまったかもしれない。
きっと言いまくっていたと思う。

自分も悲しかったのと同じようなことをして子供にも申し訳なかった。

でも後悔は先に立たない。
こればかりはもうどうしようもないことなのだ。
今後の自分にかかっている。



これからは親とか子とかではなく自分の生き方だけに目を向けなければと思う。
年を取って自分の欠点は嫌という程分かっている。
あとはそんな自分が好きになれるくらい一つのことをコツコツやればいいのだ。
自分自身のなにかを見つけることが後半のテーマかもしれない。

子供にもできるなら自分自身の強み、続けられる一つのもの。
生きがいのようなもの。
そんなものを見つけてくれたらいいなと思う。
でもこれも余計なお世話だろう。

きっと私が心配しなくても、奴らは見つけるだろう。

自己肯定感は自分で何かを見つければあとからついてくるのではないかとこの頃は思っている。

                       ココ











コメント

  1. ココココ より:

    hanabiさんこめんとありがとうございます。
    私も行方不明です。
    こうなりゃゆっくり探すしかないですね。
    そして息子さんが好きなことを見つけて学んでいるって本当に嬉しいことですね。

  2. hanabi より:

    自己肯定感って難しいですよね。
    子供の頃は、褒められることしかなかったので「自分は何でもできる」と思い込んでいました。
    大人になって、何もできない自分に気づき、10年以上自己肯定感が行方不明です…
    そろそろ探しに行かなきゃ。

    その点、息子は周りの反対を押し切り、小学校のときから夢だった美術の大学に進んで「凄いな」と最近やっと思います。残り3年半、色々学んでくれたら嬉しいです。

  3. 匿名 より:

    自己肯定感。凄い響き。
    51歳になりやっと考えます。
    きっかけをありがとうm(_ _)m

  4. ココココ より:

    半世紀に渡った思考はなかなか変えられず…

    おなじです。

  5. スティンガー五郎 より:

    自己肯定感なとまるでなく、自己否定ばかりして半世紀以上を生きてしまったので
    今更、アイ・ラブ・ミーなど出来るわけがなく・・・・・。

    きっとこのままなんだろうなぁ~って思ってしまいます。