ココからのブログ

昭和生まれの50代ココです。

あわや前代未聞の階段落ち?男の浪漫。

今思い出しても
「あっぶねえええ」とゾワゾワするヘルパー時代の思い出がある。

何もなかったから良かったがとんでもないヒヤリハット案件だ。

訪問介護は自宅の掃除として伺う場合、本人には伝えてなくても実は安否確認の意味も多い。
安否確認に行ってとんでもないことになるところだった。

かくしゃくとした老人。



その方はひとり暮らしのおじいさんで昔中学の社会の先生で校長まで務められた方だった。
立派な豪邸にひとり暮らし。
いつもソファーに座り気難しい顔で煙草を吸っていた。
人の世話になる事に抵抗がある世代。
昔偉かった人にある独特の威圧感があった。


多分90歳以上だったと思う。
その方への訪問は主に掃除とごみ捨て。そして安否確認だった。


以前誰もいない家の中で転倒し骨折したことがあった。
多忙な息子さんが心配して依頼したのだ。
本人は世話になんてなりたくもない。
大変プライドが高く神経質。
ヘルパーは皆、やんわりだが訪問を断っていた。
私は介護技術がそんなに高くはなかったので基本的に依頼された訪問は断らないことにしていた。
後は以前から訪問していたベテランの70代ヘルパー。
二人で交代で行く事となり私は週二回だった。


掃除といっても老人が1人暮らす家がそんなに汚れるはずもない。
どんなに念入りに頑張っても15分もあれば終わる。
ちょっと時間を持て余しそうだな。そんな懸念もあった。

なんのはなしをしようか・・・


ご高齢の方は皆ヘルパーとのおしゃべりを楽しみにしてくれていた。
なんてことはないおしゃべりはやはり歳を重ねても女性は大好きだ。
それに対して男性は不器用だし偉かった方は特に距離を縮めるのが難しい。
あまり初めから馴れ馴れしく距離をつめるのは1番嫌われるし私も苦手なほうだ。

なんだか盛り上がらないが毒のない天気の話題を何周もして何度かの訪問は過ぎていった。

もう1人のベテランの方は私より年齢がその方と近いので上手く話せていたようだ。
ガンガン方言でいけるそのひとのキャラクターもあって一方的にでも話していけるし向こうも年齢が近いので気が楽なのだろう。

ヘルパーさんは意外に70代の方も多く接し方など勉強になる面が多かった。


なんとなくだが、自分はその方に嫌われてはいない感じはしていた。
ただお互い共通の話題を模索しているのだ。
どうにか距離を近づけたいと思いながらその日も家を訪問した。

頼まれてもいないのに悪い癖。


まず一通り依頼内容の箇所を掃除をした。
ふと頼まれていない床の間のホコリが異常に気になった。

床の間には等身大の甲冑と日本刀が飾ってあった。
実は前から気になっていたダースベイダーみたいな立派な甲冑だった。
肩や頭にホコリが溜まってなんだか威厳が失われてかわいそうに見えた。


ヘルパーは高価そうな置物は軽く掃除する程度にする。高いものだから触らないよう言われることもあるし余計な事はしない方が本当は利口なのだ。
でもそれにしても何年拭いてないのかというくらいのひどい綿ぼこりだった。

私には気になり出すと止まらない悪い癖がある。
よせばいいのに床の間を掃除をしてもいいか尋ねた。

おじいさんの許可がおりた。
ダースベイダー似の甲冑をそっと拭くとこざっぱりして前より立派に見えた。
細心の注意を払い飾ってある刀を拭きながら

「立派な日本刀ですね。凄いですね」

そんな話を何気なくしてみた。

「凄いと分かるか?」
嬉しそうに話し出す。

「何年ぶりに床の間が生き返ったようだ。」
目がキラキラし喜んでいた。

そこに飾ってあるのは模擬刀で本物の真剣は危険な物なので2階にある事。
【真剣】という言葉の由来。
2階にはまだ色々刀がある事。
息子が生まれた時に買った守り刀の話。
有名な刀鍛冶がいた話。
血を好む妖刀というものの話。
奥さんに1桁嘘をついてまで買った刀の話。


それまで苦虫を噛み潰したようだったおじいさんがまるで若者のように饒舌になり、どの話も面白く大盛り上がりだった。前回までの天気の会話が嘘のようなおしゃべりだ。





一旦雑巾を洗いにその場を離れた。
家の中のよそよそしさが消えたようで嬉しくなりながら雑巾を片付けて続きを聞きに部屋に戻った。


一瞬で消えた。



おかしなことに、話の続きを聞こうにもいくら探してもおじいさんが床の間の前にいないのだ。



部屋を出て広いお宅を探し回ると信じられない光景が目に映る。

おじいさんが骨折以来登ったことの無い階段の上から降りてきた。
手には日本刀。
真剣を持って真剣に降りているのだ。


その瞬間。
過去に味わった似た感覚を思い出した。

息子が2歳頃。
ちょっと目を話した隙にジャングルジムの上で片足で立っていた。またある時はいつの間にか神社の狛犬にまたがっていた事もあった。

男の子って油断ならない。一瞬も目を離せない。危なかしい。もう!

その時と同じ気持ちだった。




おじいさんはどうしても私に本物の刀を見せたくて、足の痛みも忘れて一気に登れたようだった。

高い所にいるのを見て、ドキドキで足がすくんだが大声を出してびっくりさせないように見守った。
いつ転がってきても対応できるようこちらも真剣そのものだ。
あと少しのところまで降りるまでは話しかけず黙って静かに見ていた。



甲冑の前でドヤ顔で真剣を見せたおじいさん。

「見事だろう?」
さやから出して黒光りした刀を見ながら私の喉はゴクリと鳴った。

一人反省会。




3日後の次の訪問の時のこと。


私に会うなりおじいさんはおもむろに深々と頭を下げた。
妙に落ち込んでいる。

「先日は年甲斐もなく大変失礼してしまいました。」


何の謝罪だろう?
どうしたのかと聞いてみた。

前回。

落ち着いてきて冷静になってからずっと反省していたようだった。

久しぶりに刀の事を話したら、血湧き肉躍る感じがして嬉しくなってしまった。
年甲斐もなくみっともない事をしてしまった。
もしあの時自分が階段落ちの侍のように転げ落ちたらどんなにあなたに迷惑をかけたか。
あの時刃を見せた時手が滑って私の手が切れたりしたらどうなっていたか。
冷静になって考えたらしい。ものすごい想像力だった。

あの日から3日間ずっと1人反省会をしていたようだった。

今にも切腹しそうなくらいの悔やみっぷりでこうべをたれている。

刀を持って階段落ちする90歳。新選組
どんな事故報告になるんだろう…
前代未聞。


なんだかいつも怒っているような老人。
きっとそれぞれにたまらなく好きな物や聞いて欲しい事がある。

それぞれのウキウキする推しが頭の中に何歳になってもあるのだ。



あの日の反省をふまえて、あのおじいさんは次から私に見せるものが古文書の巻物になった。


全く解読できない筆で書かれた文字を一生懸命に説明する。
2階にある巻物は私との約束で取りに行くのは息子さんに頼んだらしい。

何歳になっても男の子は女の子にコレクションを自慢したがるものなんだろう。


昔から勉強は嫌いだったが即席の生徒になってこの社会の先生の難しい授業をうけに通っていた。
掃除なんて適当でいいからコーヒーでも飲みなさいと言って始まる先生の授業はいつも饒舌だった。


私がずっと会っていない父に推しはあるのだろうか。
そして自分にも夢中になれる推しがあるか。
聞きながらそんな事もふと考えたりした。


ココ