つきまとう豊かになることへの罪悪感。

罪悪感



幼い頃の貧乏は経験して良かった。

昔は毎日風呂を沸かさなかった。
母は寝る前は必ずヤカンにお湯を沸かしてくれた。熱湯を水で薄め少しずつ使い足とお股を洗うのが儀式のようになっていた。寝る前の歯磨きに関しても厳しかった。顔を洗い耳も拭く。貧乏なりに清潔にしていた。


何日も着ている重ねた股引とズボン、シャツとセーターを畳んで明日の朝こたつで温める為に入れておいた。

母は私の髪をいつも梳かしてくれた。頭を洗えないので汚れをとるためだろう。本当に器用に色々なスタイルに髪を編んでくれた。

生まれた時から住む家は父の仕事柄、常に線香の匂いがしていた。近くにいくとなんか変な匂いのする子。たぶん私はそんな風に周りに思われていた。

それでも精一杯母なりに娘の私に清潔を心がけていてくれていたのが今なら分かる。


昭和のあの頃はそんな子は何人もいた。
たまに銭湯に行くと風呂がなくて来ている近くの団地の子達やお母さん達で賑わっていた。子供同士で遊ぶとき、駄菓子屋でのお金の使い方とかにも親の経済事情は現れていたし今よりハッキリ貧富の差が見えていた。

袖がぬぐった鼻水でガビガビになった服を着ている子もけっこういたし、その頃はむしろたくさんの貧乏な子供とすこしの裕福な子供というバランスだったと思う。



不便な底辺の暮らしで育ったおかげで、今の私は案外どんな事でも平気なほうだ。
あの頃に比べたらどんな暮らしも天国。
そこは強みだと思う。


ヤカンのお湯で足やお股を洗う儀式に比べたら、どんなアパートの風呂だって天国のような快適さだ。

生まれた時から満たされ暮らした人にはきっとわからないこの感覚。


同じように親の顔色をみて育った強みもある。自分の希望が通らない、常に親の顔色を伺って育ってきたからこそ他人の心の動きに敏感な部分。
良くも悪くも、細かな事によく気が付く人なのだ。
自分の心に痛みがあるからこそ、人に優しくありたいと思う。それは今まで生きてきた上で決して無駄ではなかった。


若い頃は恵まれた環境で育った人を羨ましいと思って生きていた。 人の顔色を伺って生きてこなかった人の素直さや正直さになんとなくコンプレックスや違和感を感じていた。


50歳を過ぎた。


人生後半にもなると、今からできることと無理なことがはっきり見えてくる。
足るを知るのだ。



どんな不便な暮らしであれ、昔の貧乏を懐かしみながら笑って暮らしを楽しめるのは、きっと笑い合える夫がいてくれるからなのだろう。上を見ればキリがない。人と比べてもしょうがない。そんな考えになってきたのは多くを求めない夫の影響も大きいだろう。


夫にも明かせない心の片隅にある本心と罪悪感が私にはある。


自分だけ幸せになってはいけないという気持ち。あの頃賑わった銭湯にいたよそのお母さんは、とっくに貧乏から卒業して温かいお風呂にはいっているのだろうか。なぜ母だけが人生後半である今、幸せな老後をつかめなかったんだろう。



ヤカンのお湯をいれてくれた母
髪を編んでくれた母

この母だけは人も羨む素敵な家に住まわせて 、残り少ない人生であっても最後に笑って暮らして欲しかった。

それを見届けたなら心からほっとして今度は自分自身の幸せと快適を求めてもいいような気がする。
その時ようやくスタート地点にたてるのに。人も羨む何かを求めてはいけないと抑える自分の気持ち。


無駄に人の気持ちに敏感で生きずらい自分が常に思っている本音。






ココ



コメント

タイトルとURLをコピーしました