出会い

二郎と切り株とロールケーキ。

出会い

なんでそんな変わった事ばかり起きるのかとよく言われる。
そして変わった人とよく出会う。
類は友を呼ぶだねとよく言われる。

じろうとの出会い。




転勤族なので今まで引っ越しをかなりしたが、今の3つ前の物件の大家さんが風変わりな人だった。


当時我が家は子供3人が全員まだ家にいた。

物件を選ぶ際、子供の学区に合わせ色々揃った便利な場所となると誰もが皆住みたい地区なので家賃もそれなりにお高い。

辞令から慌てて見もせずに適当に探し、バタバタと暮らし始めた物件は家賃が高い割に狭かった。
2台目の駐車場は歩いて5分もかかり不便極まりない。
新たな物件探しが始まった。


インターネットで見たその物件は、古い団地をリノベーションしていて、そこまで広くはないのだが、立地がよく目の前に素敵な木が生えていた。

ネットの連絡先にかけてみると、大手のサイトではなかったからか大家さんが直接電話に出た。
ちょうど物件にいるとの事で現地集合ですぐに見せてもらえることになった。


根がせっかちなので電話を切ってすぐにダッシュで走っていった。


五分もかからないで着いた物件の前に、待ち構えたように佇む男性。

それは完全に俳優の佐藤二朗さんだった。
にこりともせずに立っていた。

思わず本物かと思うくらい似ていてその後私の頭の中での呼び名は二郎になった。

一般的にはたぶん、かわりもの。


話してみると大真面目な話し方に独特の間がある。
沈黙がちょっと長い。
すごく饒舌かと思うと気まずいくらい静かになる・・・


なにか不思議な人だった。




見せてもらった部屋は築年数から古さは否めないが、良く言えばアンティークな雰囲気。
古い茶色い家具が映えそうな真っ白に塗り直したコンクリートの壁。

1階だしこれだけ古ければ子供がやらかしても気兼ねなくガンガン使えそうという印象。

なにより良いのが窓から素敵な木が独り占め出来る。
葉っぱが鬱蒼と茂っているが隙間から木漏れ日が部屋に入る。
窓の外の小さいスペースも贅沢に我が家が独り占めできる。
窓からの景色が絵画のようだった。


場所と広さに対しては破格の安さと窓からの景色が決め手となり夫も了承したので数日後、
今いる部屋から5分のそこに引っ越しをした。


暮らし始めて気がついたのだが、二郎はほぼ毎日ここに通って来ていた。

他にも開いてる部屋がまだかなりあり、どこか手直ししたり作業をする為のようだったのだがとにかく謎多き人だった。


当時末っ子が小さく専業主婦だった私は、出かけるたびにいやでも顔を合わせ会話をする機会が多かった。

聞くと同い年だった。

なにか作業をする横を挨拶をして通り過ぎる。
普通はそういう時、一言二言無難な天気の話題をするのだろうが二郎は違っていた。


宇宙 、哲学、神々…
世間話の枠を超えた話題。

かといって長く話す訳でもないし
話好きな訳でもないのだ。
ニコリともせずになにか格言のような複雑な事を言う。

その後スーパーへ向かう道すがら今聞いた一言が、妙に離れない。


今のはどういう意味なんだろう…………?


酔っ払ってはいった居酒屋の便所のカレンダーに
ニーチェの格言が書かれてて
場違いながら個室でふと人生について考える。


分かるような分からないような・・・
そんな時のような気分だった。


これがニーチェだ (講談社現代新書)

行動力がやばい。



ある日。

朝から出かけて家に帰るとなにか部屋が違って感じた。
どことなく雰囲気が違う。気分が全然違うのだ。
カギもかけていたし部屋の中も何も変わってはいないし荒らされた形跡もない。


不思議な気持ちでテーブルでお茶を飲んでいたら、お茶を吹くほどびっくりした。



窓の外の木がなくなっているのだ。



視界が開けて部屋が眩しく明るい。

物静かな文学少女がスポーツ大好き陽キャに変わったくらい部屋が変わった。


二郎はたぶん視界を遮って邪魔だろうから良かれと思って切ったのだな。
この木邪魔ですよねと以前言っていた気がする。

がっかり…



数日後唐突にピンポンが鳴った。

「今時間あります?見てもらいたいものがあるんですが…」



ドキドキしながらついて行ってみた。
二郎がいつもなにか作業していた部屋。

そこはびっくりするほどリフォームされた室内空間。
IHキッチン床がフローリングなぜか下に机を置けるベットまである。
部屋を2つに区切れるようにカーテンレールまでついていた。近代的になっちゃった部屋。



こっちに引越しません?

きょうだいの部屋とか、希望があれば棚でもなんでも作るという。
エアコンもストーブも新しく私が買います。


その夜夫と相談した。
楽観的であまり深く考えない夫は
「いいんじゃない。ラッキーじゃん。今後のリフォームのモデルケースとして我が家が実験みたいなもんなんじゃない」
こんな反応だった。

私もこだわりの窓の外の木がなくなったのでどうでも良くなり、また同じ建物内で引越しをした。

更に数ヶ月暮らした頃。
また話しかけられた。

隣の部屋が空いたら、ベランダ経由で部屋に入れる仕組みを作ってリフォームして2つ使いませんか?
やってみますが…


家に帰って話したら1番に当時小学生の息子が目を輝かせた!
「なにそれベランダから隣に行くって面白そう!そっちは俺の部屋がいい」

でも考えた末、結局断ることにした。
薄々感ずいていたが、暮らしてみて実感したのが二郎はたぶん不器用な人だ。

玄関先につけてくれた全身映る鏡は少し傾いていたし、カーテンレールは不安で夫がネジを足した。
フローリングも端が微妙に合ってなかったり日曜大工にハマったお父さんがやったみたいな、
どんどんセルフリフォームが楽しくなっちゃった末のターゲットが多分我が家だったのだ。


丁重にお断りし月日は流れた。


クリスマスの日再度ピンポンが鳴る。

泊まりに来ていた母が玄関に行った。
なにか騒いでいると思ったら二郎と話していた。


イオンで買ったロールケーキを5箱抱えるように持って立っていた。
男の子のキャラクターと可愛いのが家族分。
半額シールがついていて思わず買ったようだ。


安くなってたんで…
どうぞお子さんと。


あまりの多さにみんなで直でフォークでぶっ刺して夢の
ロールケーキ一人一本ぜいたく食いをした。


コーヒーによく合うくるみロールケーキ



数日後、また夜にピンポンが鳴った。

会わせたい人がいるんですが今いいですか?


まだ泊まっていた母が言う。
「遠慮なくどうぞはいってはいってー」
自分の家でもないのに言う。


じろうは中国人のキレイな女性を連れてきていた。
母の勧める座布団に座り、その女性は夫の実家に来たかのような緊張ぶりだった。

結婚して数ヶ月後に中国に行くとのことだった。
なにか計画していることがあるようだ。


二郎は昔、教師をしていたらしい。
色々あったが合わなくて辞めたそうだが納得だった。
たぶんかなり頭のいい人で、夢があって次の人生を歩もうとしていた。



色々おしゃべりして2人仲良く帰って行った。



あの建物は結局あの一部屋だけが不自然なほどリフォームされたままのようだ。
切ってしまった木の切り株はそのまま残っている。
数年後新しい大家さんになったようだ。


通るたびに色々な事を思い出してニヤニヤする。




テレビで佐藤二朗さんを見るとどうしても大家さんを思い出す。
少し危うくて心配で、でも魅力的な人だった。

中国でどうか元気でいてほしい。



ココ