父について

酒、飲まずにはいられない。

父について

あの頃はうんざりするほど長くいつまでも続くのだろうと思っていた。
そのさなかにいる時、後から考えてまさかあれが幸せな日々だったと思うことになるとは夢にも思わなかった。

古い古い記憶。

父はいつも酒と煙草のにおいがした。
いつも中古のおんぼろな車にばかり乗っていた。
父の車が後ろからくるとマフラーに穴が開いたようなバイクのような音がして振り返らなくても父が来たと分かった。

友達といるときに車を見かけると恥ずかしく誰にも気づかれたくない気持ちになった。

火葬場の隣にあった家はあれでも一応管理人用だったのだろう。
古いあばら家で後からつけた風呂は外のように寒かった。
夜中天井からネズミが大勢で走り回る音がするとほうきでたたくのが私の役割だった。
また風呂場の石鹸はいつもネズミがかじった跡があった。

私の靴にはいつも穴が開いていたし、ズボンの膝はツギアテで重くなっていた。
母はいつも親戚から譲られたセーターを私のサイズに編みなおしていた。
家の中を見回してみてもおよそ便利な家電やぜいたく品とは程遠い家庭だった。

父は毎晩酒を飲んだ。給料の大半がおそらく酒に変わっていたであろう。酒を飲まなければバイクの音がしない車に乗って、ネズミのいない家に住み、寒くない風呂に入り、穴のないズボンや靴がはけたのだろう。

父は酒が弱かったことに大人になってから気が付いた。
私は若いころ酒が強く飲んでもあまり酔うことはなかった。
父のように飲んで騒いでいても心の中にしーんとした冷めた自分がいた。
子供の頃は泥酔した父が帰ってくるのが怖くて仕方なかった。
いくら耳をふさいでも聞こえる嘔吐は苦しそうで明け方まで続いた。

酒を飲むことは楽しかっただろうか?

父は結局、人生で稼いだ金をほとんど飲んでしまった。そのせいで家も車も家族もすべて失った。
今も父は凝りもせず飲んでいるのだろうか?

家族がバラバラになった後。
父の職場の人に偶然会って言われたことがある。
お父さんは病気なんだよ。飲みたくて飲んでるわけじゃなくて寂しいから飲んでるんだよ。
わかってあげて欲しい。会ってあげて欲しい。


でも私はそれを拒んだ。

家族に寂しい思いをさせてまで飲み続けななきゃならない寂しさって何だろう?

でも今なら少しだけ分かるような気もする。
病気だったのかもしれないしどんなに苦しい酒だったろうと思う。



なつかしい日々。


汚れた服を着てあばら家に住んでいた。
でもそれが今の自分を築いたものだった。

あんなになにもかもが恥ずかしかった子供の頃の自分。
今ではすべて懐かしい。

あれは幸せな時間だったのだと、いまでは思う。



         ココ