父について

笑いVS怒り。最後に勝つのは結局笑い。

父について

私は50年あまりの人生がわりと波乱万丈だったので打たれ強さはあるほうだ。

起きる出来事が大きいほどどこかで
「どうにかなるだろう」
瞬時に冷静に思う冷めた自分がいる。

たぶん昔からの

“大変な事が起きた”と

“でもどうにかなった”の繰り返しからの慣れだと思う。


しかし冷静な自分と真逆で矛盾するが焦燥感が常にある。
今年もなにかやり残したようなあせる気持ち。
年末になり世の中がせわしなくなるといつもこうなる。


今年も父を許せなかった。




過去には親を憎む感情に支配された事も正直あった。幼い頃はぼんやりとしていた事が大人になるにつれてはっきりしてくる。
よく親になってはじめて親の気持ちを理解出来たと聞くが、私は最初そうではなかった。

なぜこんなにも大切な自分の子供にあんな風に出来たのか?
負の感情に支配されてばかりだった。

20代で父の作った借金で家族がバラバラになった。
数年父と会わずに過ごした。

月日は流れ自分がはじめての子どもを出産する日。
産院に行く途中、偶然道で父に会った。
長女が産まれた後、夫が隠れて連絡先を聞いていたのか父は孫を1度だけ抱く事が出来た。

あれから父とは30年近く会わずにいる。


それから自分が子育てをした。
反面教師という言葉があるが 、いつも心のどこかにそれがあった。
自分がされた悲しい事だけはしたくない。
自分がして欲しかった事は存分に子どもにするんだ。
意地になっていたのかもしれない。


私は先回りばかりして過干渉な親になった。
そしてたぶん子育ての成果が自分の点数のように思っていたのだろう。

自分は果たして子供の心を挫くことはなかっただろうか?
自分の感情で突き進み、子供の心に傷をつけることだってあったかもしれない。


50歳を越えてようやく気がついた。
人は完璧ではないし、親だって若く未熟な人間だった。自分の未熟な子育てを通してようやく親も親なりに一生懸命だったのだろうと感じる事が出来た。


親を許せないという感情を捨て、忘れる為にブログを書き始めた。
書く事で幼い頃の自分の苦しみを復習しよう好きなだけ書こうと思った。

全ての憎む気持ちをさらけ出してやろうとしたのに、思い出すのは自分と似たように、ただがむしゃらに子育てをしていた親の姿がそこにあった。

されたひどい事を思い出そうと書いていたのにバカな思い出ばかりどんどん思い出す。

憎むことからはたぶんなにも生まれないのだろう。


年末の焦燥感。
これといつか決着をつけなければと思う。

やり残した事をきちんとできる自分になる為に、読んでくれる人がいる事に感謝しながら書いていこうと思う。


ココ



コメント

タイトルとURLをコピーしました