私はトラブルを引き寄せる能力が高い。
全くもって自慢にはならないのだが、子供の頃からそうだった。
高校生の頃。
実家から祖父と暮らす家に移動する夜の道中。
車が背後から近づき男性に道を尋ねられる。
困っているかと思い説明しようとすると、なにやら怪しい感じが視界にはいる。
運転席に座る大事なところが出ていた。
汚いものを見せやがってモザイクかけろと言いたい状態だ。ニヤリと笑っている。
脱兎のごとく逃げ帰った。
高校三年生の就職試験で上京。
これも高校生の時。
就職試験が終わり田舎に帰ろうと上野駅に着いた。当時は上野が東北の玄関口だった。
出発は夜の10時近くなのにその時まだ夕方だった。
今の子ならスマホで検索してどこかに行ったりいくらでも時間がつぶせるし、なんなら早い切符に交換するなりの知恵もあるだろう。
田舎からどこにも出たことのなかった私には上野駅を離れる勇気もなかった。
少しだけ構内から出てベンチに座り何時間も人を眺めた。
気が遠くなるほどその場に座っていた。
左から右、右から左と行き交う人の流れに少し酔いそうになりながらひたすら眺めていた。
このたくさんの人間はいったいどこから集まって来たのだろう。
皆それぞれなにかの目的があるんだろうな。
いくら眺めても飽きることもなく眺めていたら声をかけられた。
「ずっとそこにいるけど、どうしたの?」
「見た事ない制服だね。どこから来たの?」
サラリーマンのような人だった。
物を知らない警戒心の欠片もない田舎者。
数分後近くの喫茶店でナポリタンとクリームソーダをご馳走になりながら、自分が田舎から就職試験を受けに来た帰りで10時まであそこに座っていようとしていた事をペラペラと丁寧に説明していた。
無知と世間知らずほど怖いものは無い。
「都会は怖い人が多いから気をつけなきゃダメだよ」会計をしながらサラリーマンは言った。
なんていい人だと感動した。
二人で店を出た。
「じゃ 行こうか」
手を引っ張られた。
「え?どこに?」
「意味わかるよね?」
意味はまだピンと来ていなかった。
そのサラリーマンが都会は怖い人が多いの張本人だった。
怖くて手を振り払いスキをみてこれまた脱兎のごとく駅に逃げた。
上京してからのはなし。
働いてから数年後に寮を出てひとり暮らしした。
生活にも慣れてきた頃。
夜中ふと目が覚めた。
寝ぼけまなこの視線の先にベランダと開いた窓、風に揺れるカーテンが見えた。
たしか眠る時に窓は閉めたはずでは…
不思議に思い起き上がろうとした瞬間。
枕元にきちんと正座している膝頭が見えた。めちゃくちゃ行儀のいい正座のお膝だった。
髪の毛が総毛立つという普段なかなかない感触。
人間って怖い時は大声が出ないもんなんだな。そんな事に感心しながら恐る恐る言葉を発した。
「どうされました?」
「…」
「そこでなにをなさってるんですか?」
「…」
最初に就職した百貨店でお客様への礼儀礼節等を教わった結果、変質者にも失礼のないように敬語が出たのだろう。
丁寧な接客態度が功を奏したのか
「寝顔を見に来ただけだから帰るよ。今の夢だから忘れて」
ベランダから手を振って帰って言った。
帰った後恐怖で動けず結局一睡もせずに朝を迎えた。
脱兎のごとく逃げたかったが、今回ばかりは自分の家なので逃げようがない。
今で言うストーカーで、朝何時にどこの郵便局の前を通るよね。あそこのバス停からのるよね。いつも見てるよと事細かに詳しく私に説明した。
次の朝。
警察に昨晩の出来事を報告に行った私はこっぴどく説教をされた。
聴取は長時間に及んだ。
取調室で宮城出身だという所長さんの作ったカレーを特別にご馳走になった。
「カツ丼じゃないんですね。」
場を和ませようといらない事を言ってふざけたせいで説教は長くなった。
田舎じゃないんだから窓のカギは閉めなさい!殺されるよ。
あんたみたいな隙のある子はさっさと田舎帰った方がいいよ!親に電話するよ!
本当に長い間怒られた。心配してくれたのだろう。
ほんと言われたその通りだ。
呆れるほどぼーっとしていた。
50歳すぎた自分が過去を振り返ると、過去の危なっかしい自分が怖い。
それに比べて自分の子供達がなんて大人なんだろうと感心する。
反面、世の中の怖い事にこの子達が出会ったらどうしようと不安にもなる。
あなた達分かってないけど こんな事もあるんだよ。
私の体験を聞く度、子供達は心底呆れながら
「お母さんって相当やばいね」などと言う。
これはいい意味で反面教師というのだろう。
今の若いやつはという言葉は、一昔前はあっただろうが最近の今の若いやつには当てはまらない。
冷静だし無茶をしない。
でも昔より犯罪も凶悪で浮かれて生きられない世の中。
本当に気をつけてと言いながら心の中で「お前が言うな!」とつっこむ自分もいる。
ココ