あなたは、私といても、いつも何処か上の空よね?
私のことなんて、好きではないのでしょうね?
そう言って、僕の元から女は去っていった。
ちっとも、本当の気持ちがわからないわ。
僕は、何度か女を愛したが、いつも、どの女も、最後には不服そうに僕の元を去った。
愛していないんでしょうね?
僕を試すようなことばかりを言い、答えられない僕を罵ると、女は誰だって
いつも目の前から去っていく。
一人が好きなのね。
そうして、ずっと一人でいるといいわ。
そうだ。
一人が好きなのかも知れない。
でも、
夏の日に、道端に咲く、たちあおいの鮮やかな赤を見ると、僕の心は途端にあの人に会いたくなる。
唯一、僕が、ずっと一緒にいたい人。
女と、激しく抱き合っている最中であっても、たちあおいの赤が脳裏にかすめると、あの人を思い出し、心の中は途端に興醒める。
あれは、7歳の夏だった。
僕の人生はあの時から、何もかも変わってしまったのだ。
僕は生まれてすぐから、祖母と二人で暮らしていた。
田舎道。
祖母との散歩。
道端に、花が咲き、祖母はいつも僕を、大切な物を見るような目で見ていた。
僕と祖母との、貧しいけれど温かな二人だけの暮らしは、
突然現れたホントウノチチと、実の母との、新たな生活によって、強制終了してしまった。
九州の田舎から、全く違う都会での暮らしがはじまった。
「お前はもぞか子や。びんたがよか子や。お父さんお母さんのゆーこんを、よーく聞いてな。
ぎーをゆうたらいかんよ。」
別れの日まで、祖母は僕を抱きしめそう言った。
僕は泣かずにただ、頷いた。
僕はあの時、ここにいれば祖母の迷惑になるかと思ったけれど、
もしやり直せるならば
泣いて嫌がって、あそこに踏みとどまることを選んでみたい。
生きるのが辛い時、そう、何度も考えた。
大人になった今でも、時折そうだった人生を夢想する。
無力な子供と、それ以上に無力だった祖母。
人生は、思い通りにならないものだ。
あの時、心から愛する祖母と、暮らすことができたならば、もう少しだけ
上手に誰かを愛せたのかもしれない。
「おばあちゃんは、げんなかけど、じぇんがなかで、どうするこんもできないんだよ」
おばあちゃん。
僕は、あなた以上に恋しい人を、見つけることができなかったのかも知れない。
別れのあの時咲いていた、たちあおいの花を見るたびに、思い出す。
愛しいあなたの事を、思い出す。
もう会うことが出来ない今になっても、空を仰ぎ見ながら思う。
僕は、もぞか子かな。
愛しいあの人の、しわしわの手を思い出す。
#ものがたり
ココ