父はすべてにおいて無頓着な人だった。
あれがよそのおじさんだったらどう考えてもやばいけど面白いおじさんと思ってみていただろう。
神経がないのだろうか。
だから最終的に破産したのだと思うが、財布はほとんど持たず札もむき出しで持つ。
ズボンのポケットには小銭がジャラジャラしていて、よく部屋じゅうにお金をこぼしていた。
いつもそれを私はこっそり拾った。
寒ければタオル地の手ぬぐいを顔に巻くひょっとこスタイルでへいきでそのままどこにでも出向いた。
左胸のポケットにはくしゃくしゃのハイライトがつぶれて入っている。
ポロシャツのポケットは赤いペンのインクでいつも染まっている。
立派なギャンブラーの証だ。
常に煙草をくわえてすごすチェーンスモーカー。
酔っ払ったときに作った煙草の焼け焦げが部屋に無数にあった。
初冬までは裸足にサンダルを履いていた。足の寒さや痛さの感覚がないのかもしれない。
父は、1度足の裏に画鋲が刺さっていてもしばらく気が付かずに歩いていた。
冬は長靴にドカジャンにデストロイヤー帽でカブに乗った。
今思うと当時はヘルメットは義務じゃなかったのか不思議に思う。
そのままデストロイヤー帽に数センチの雪を頭に乗せた格好のまま銀行に入っていった。
当然ながら行員がデストロイヤー帽を見て強盗が入ってきたと勘違いして全員一斉に立ち上がったらしい。
なぜみんなが立ち上がったか理解していない。自分を客観的に見れないのだ。
大爆笑しながら帰ってきたが銀行員にしてみればたまったものじゃないだろう。
いつもコントのようなふるまい。
昔、遠い親戚の披露宴に呼ばれた。
父はタンスの中に普段はしまわれた防虫剤の匂いのする背広を着て出席した。
私は貸衣装の着物でおめかしした。親戚に可愛いと褒められいつかお嫁にいくんだねと言われた。
そんな時はお世辞でもどんな子だって褒めるにきまっている。
田舎の昔の披露宴は人数も多く長い。
父はたくさんの親戚と酒を酌み交わしやばいくらいべろべろに酔っ払ってしまっていた。
だんだんと目が座っていき、母の顔はどんどん曇っていく。
雲行きがおかしくなりつつあるのが、母には分かっていただろう。
披露宴のクライマックス。
お嫁さんからお母さんへの花束贈呈。
皆の目が集まる。
スポットライトの中でお嫁さんが手紙を読み花束を渡す。
皆が涙を流し感動していた時だった。
母と私にだけ戦慄が走った。
こそこそとその場から逃亡したい気分だった。
父がおいおいと泣きながら2人に近づいている。
ネクタイはゆるゆるにほどけ、背広とシャツの前ボタンが開いている。
おろしたての真っ白なグンゼのランニングが丸見えだ。
そして、なぜか背広のポケットにはサラダのトングとサーバーが見えている。
銀色のカトラリーがぶつかりガチャガチャ鳴っていた。
感動のシーンがおかしな展開になっているのだ。
スポットライトの中、母と娘の肩を抱き「良かった良かった」と泣いている。
あの人誰?
もう一人のお父さんか何か?
感動的なシーンに親戚は必死で笑いをこらえていた。
普段は会わないような遠い親戚の娘さんの結婚式でこの有様である。
ろくに覚えていない。
なぜポケットにサーバーやトングが入っていたのかは不明である。
ちなみにこのサーバーは父が持ち帰って来てしまった。
しばらく我が家の引き出しに入っていてたまに便利に使っていた。
持ってきた事は全く覚えていないようで、サイテーである。光るものが好きなのだろう。
あの時は親戚にいつかお前の娘もお嫁にいくと言われて、私の嫁ぐ日を想像して感無量だったと後から母に聞いた。そんなことが分かるってやっぱり夫婦はすごいと思った。
その涙はいったいなんだったんだろう。
嫁ぐ日どころかなにも見れずじまいだった。
もう少し酒に強くて賢ければよかったのだろう。
みっともなく恥ずかしかった父。
今思うと神がかり的に周りを笑わせる力だけは持っていた。
少し思い出して笑っている。
ココ