弟が産まれしばらくは病院通いが続いたが、最初に母が、少し後になり弟が退院した。
極小未熟児で産まれた為か、敏感で夜泣きがひどい赤ん坊だった。
明け方まで泣き続けることも珍しくなかった。
それでも家に自分以外の子供がいる暮らしは楽しく新鮮だった。
私の心の暗く重い部分はしだいに影に隠れつつあった。
次第に肉がつき、表情がでてくるようになると、弟は驚くほどの可愛い顔になった。
未熟児でしわくちゃだった顔がずいぶん変わった。
特に目がとても大きな赤ん坊だった。とても可愛い弟がうちにいる。
これが私の自慢のひとつとなった。
弟に少しずつだが体力がつき皆が産まれた時の心配をいくらか忘れて暮らせるようになってきた。
すると同時に、父はまた酒を飲み歩くようになった。
体力がついたとはいえあれ程に大変な思いをして産まれたのにだ。
父はまた面倒から逃げるかのように、そして当然のごとく夜の繁華街に繰り出し始めた。
どうしようもないのだろう。
ある日の記憶。
弟が高い熱を出し心配で胸が張り裂けそうな深夜。
母は私に町の飲み屋に電話をかけさせた。
小さな街なので居場所の予想はついたのだろう。
飲み屋のママから呼ばれ電話口に出た父はぜんぜん呂律が回っていなかった。
バックに流れるバカ騒ぎやカラオケの中、なぜ電話なんかするんだと泥酔した父は私を怒鳴った。
どうせ怒鳴ったことさえ次の日には覚えていないだろう。
母がなんの為に私に電話をかけさせたのか知りたくもなかった。
平凡とはそんなにも面倒なものか?
柔らかな赤ん坊、暖かい家の中、日常の様々な出来事、退屈な毎日の暮らし。
その中で急に起きるハプニング。
家族が力を合わせて乗り越え笑い合う普通の暮らし。
そんな当たり前が、我が家にはなかった。
父の耳に聞こえた娘の声はスナックの喧騒の中、耳障りで興ざめするものでしかなかったのだろう。
父は普通の暮らしからいつも逃げまわっていた。
刺激のない平凡な暮らしは簡単なことなのに出来ない人種がいるのだ。
弟を迎え暮らしがはじまるにつれ、父の飲み歩く回数は以前より増え、ある日飲酒運転で捕まる。
減俸やら処分やらあったようだった。
しかしそれに懲りて飲み屋に足が向かなくなるかといえばむしろ逆なのが父だ。
次第に人様に迷惑をかけるくらいなら、車で出かけるならばどこにでも泊まってくれという空気になり、いつの間にか堂々と朝や時には昼に帰るようになっていった。
父は家族を作りたかったのではないのか?
弟が産まれた後の父の涙。
ひとときだった父が作るご飯を食べながら母と弟を待ちわびた暮らし。
あれは幻だったのだろうか。
いつの間にか、父不在の夕食が当たり前の日常。
それなりに母と私と弟の食卓は楽しかった。
もう1度だけあの頃に戻れるチャンスをもらえたら父はどうするだろう。
そんなどうしようもないことを考えたりする。
ココ