ココからのブログ

昭和生まれの50代ココです。

こころリセットのちいさな旅。



距離にして120キロのドライブ。
すごくいい天気。
海沿いの道をひたすら走る一人の車内。
つい最近言われた言葉を思い出して
嫌な気持ちになった。





もし言い返すとしたら・・・
を、延々と脳内シュミレーション。


次はぜったい言う。

目を見て堂々たる態度で。

いい加減、その話やめてもらっていいですか?
さっきから、差別的で聞き苦しい嫌なワードが随分出てきてるけど
わたしにも当てはまっているけど
その言葉が当てはまる全世界の人に謝れ。

なんならちょっと車内で声に出してぶつぶつ言った。



人には見せられない怖い姿。







言えない。




意思表示は、普段からはっきりするべきだ。

嫌なことを言われた時、瞬間的に反論したり
ムッとしたり顔に気持ちを出せる人。
たいていそれ以降は、何も言われない。

まずいこと言ったと相手に気づいてもらえるから。

私のように相手の顔色ばかり見て何も言えない人は、
いつも結局は言われっぱなしになる。

どうして自分がそんな性格なのかを考えてみた。


どこかにひけめがあるのか?
なにかを恥じていいるのか?
言われた嫌なことに向き合いたくないのか?
嫌なことをあえて言う無神経さと、関わりたくない気持ちも大きい。



結局。

究極に言い返せないビビりで、心が弱いだけかもしれない。



いい加減、強い人間になって相手にきっぱり言いたいものだが
言えないものは何歳になっても言えない。

とっさに反論する瞬発力に欠ける。

数日間、熟考して改まって

「この前のあれはひどかったですよね」なんて言うのもおかしい。



なんて執念深い
ずっとそのことを考えていたの?
怖っ!

そんな風に思われて、私のネチネチした性格がバレるのも悔しい。




早くその話をやめてくれないかと心の中で泣きながら、
そんな時必ず私は、いつもへらへらと笑う。




ケチのひるごはん。

長女が幼い頃に住んでいた土地の、15年くらい会ってない友人から連絡がきた。
いい加減会おうかということになった。

夫に言うと、末っ子も高校生だし一泊くらい大丈夫
と言ってくれたので、思いきって泊りがけで一人で出かける事にした。



遠回りだったが有料道路を一回も使わない海沿いのルートをドライブしながら移動した。


自分一人だけのおでかけは、根っからの貧乏性が発動する。

トイレ休憩した道の駅。
850円のそんなでもない弁当の前で長い間悩み、結局買わずに車に戻る。
空腹なので持ってきた水をがぶがぶ飲みながら走る。



グーグー鳴るお腹。
車を走らせながらいつのまにか頭の中は、再び
どうやって今度言い返すかに戻っていた。


綺麗な海と素晴らしい天気に反比例した脳内。

なんて不健康な事か。





悩みに悩んで二時間くらい走ってから、地元のマイナーなコンビニでおにぎりを買って車内で食べた。
久しぶりに、喉にぎゅうぎゅうに詰まりすぎて、いつまでも胃に落ちていかないご飯。
それなのに、またご飯を口から入れて、ちょっと危険を感じるくらい喉が詰まった。
小学生の運動会の昼ごはんくらい慌てて食べた。

これが、信じられないくらいうまかった。
空腹ってすごい。





人生の最後でも食べたいくらい美味しかった(*´Д`)

その日は、途中地点に住む娘のアパートに泊まり、夜は映画を見てイタリアンを食べた。
次の日15年ぶりの友人二人に会った。





一瞬でもどる時間。

友人の家で久しぶりすぎてお互いニヤニヤしながら顔を合わせる。
15年ぶりなのに、あまりにも普通で驚いた。

まるでおとといのお茶会の続きかのように変わらない空気感。

15年分の報告や、いろいろな人のうわさ話。
思い出話や、体調の話。
おばさん3人はどんどん話が飛んでいく。


15年たったいま、思う。
二人ともいい顔している。



思い返すと当時から、私がなにかで悩んでいると
「それはちがうと思うよ~」と注意してくれる友人だった。
ちゃんと嫌だと言える人達。
正直で裏表まったくなし。




15年前にこんなにいいお手本が身近にいたのに
あの頃からなんで見習っていなかったのだろう。




120キロの移動。
久しぶりの再会。
いい発見があった。



理想の自分は難しい。

帰り道。
同じ海沿いをまた3時間かけて帰ってきた。



我慢しない生き方。

15年ぶりに会った友人たちを見て、それが正解なのだと今になって気付かされる。


自分はよく思われるために自分の心を無視してきたから
今、こんなにも苦しいのだろう。



昨日弁当を買わなかった道の駅に再び降りて海まで歩いてみた。

海を見ると最近知り合った、友人を思い出す。
顔も名前も知らないのに気がつけば心の中で話しかけている。





色々なことを許すことはできましたか?
悩みから解放されて楽になりましたか?
結局、私は次も何も言えないかもしれません。
それが自分らしさなのかもしれません。
でも、荷物を少しずつ手放すかのように、
少しずつ心の中を片付けていけばいいのだと感じています。


彼女はきっと海の上から眺めている。


長い付き合いの古い友と顔の知らない友。


往復240キロのドライブ。


これが自分らしさなのだと気がつく小さな旅。

                            ココ