子育て

わかものは筋トレしながら立ってスマホ。

子育て


なんで私が譲らなきゃと思わなきゃいいのだ。筋トレなんて普段はどうせしないんだから、かっこつけて立ちながら体幹を鍛えれば一石二鳥。

一瞬でおばあさんになったわけじゃない。

昨日。


2時間待ちの混雑した皮膚科で筋トレも兼ねてつま先立ちで本を読んでいた。

混雑した待合室は密を避けて少ない椅子で皆が待ちくたびれうなだれている。


ドアが開き、よぼよぼのおばあさんが小さい歩幅でゆっくりゆっくり入ってきた。


頼む。誰か椅子を譲れ

大股を開いてスマホを見ている若い衆を
自分の持てるせいいっぱいの眼力で見たが、伝わるはずもなく。

すごいこっち見てくるつま先立ちのキモイおばさんでしかなかったようだ。
伝わらないか…


心配していたら親切な女性が席を詰めてくれた。

「おばあちゃんこっち座ってどうぞどうぞ。」
自分が席を立って老人に恐縮させないようにベンチタイプの椅子に座る太った体を細くしてニコニコと手招きする。


反対側のお父さんも心なしか体を細くして間を開けて手招きする。

病院内は立っている人も多く自分達が立つ事でかえって混雑させないようにとの工夫だろう。

2人の間に申し訳なさそうに腰をおろしたおばあさんが言う。

「皆さんにご迷惑かけてばかりですみません。こんな年になってもいくら待ってもお迎えが来ないので仕方なく生きてました。」

やけに重い言葉だった…


そこから優しい2人とおばあさんの会話が始まった。

「そんな事言うもんじゃないですよ。何歳になりました?」

聞けば97歳だという。


なだめるような優しい会話に聞き耳をたてながら、ふとヘルパー時代に会ったおばあさんを思い出す。

忙しく働いていた名残。

週に何度も訪ねていたおばあさん。


少し認知症もあったその方は普段は物腰が柔らかくいつも恐縮していた。

違う県からお嫁に来て、たくさんお子さんを育て夫に先立たれ一人で暮していた。


娘さんが毎日様子を見に来ていたがヘルパーも毎日朝と夕方に訪問していた。


簡単な朝食の支度をしながら台所を見ていつも思った。
誰にだって若かりし日々。

家族の歴史があるんだろうな。


年季の入った巨大な鍋やまな板。
たくさんの食器。
底が焦げた蒸し器。昔使った懐かしいキャラクターのついたアルミやプラスチックのお弁当箱。
子供や孫が使ったであろうコップやお箸。

今では娘さんが誰か分からなくなって他人行儀の挨拶をしたり、ご飯を鉛筆で食べたりしているその方の、母親として生きた数十年の歴史がそこにはあった。



「早く私にもお迎えが来ればいいんですが」


ボケていない時にはいつもそんな事を言うその方も夕方になると様子が変わる。


「早く家に帰ってご飯の支度をしなければ」

夕方の気配と共にソワソワが止まらなくなる。


その方の心の底に残っている母親だった気持ち。子供や夫が帰ってくる。
ご飯を作らなければならないのに一体私は何をしているんだ。ここはどこなんだろう?帰らなくては。


いくらなだめても落ち着かない焦る気持ち。

何年も何年もそうやってお腹を空かせた家族の帰りを、台所でせわしなく料理をしながら待っていたのだろう。


人は目覚めて急に年をとるわけではなくて、いつの間にか出来ない事が増えていくのだとやっと最近少し分かってきた。

他人事ではなかった。



秋に母と紅葉を見に行った。
駐車場から絶景スポットまでの道のりは坂道だった。
せわしなく歩く私に母は
「もう少しゆっくり歩いて」
と言った。

自分の親だけはなんとなく老人だと認めたくなかったのだろう
いつまでもおっちょこちょいでせわしない母親だと思っていたようだ。


ひとごとではない。
みんないつかは年をとるのに。



待合室の会話は続いていた。
優しい2人との会話のおかげで少しおばあさんも笑顔になってきた。



自分の子供達も今はまだ分からないだろう。
10代と20代。
世界は自分中心にまわっていた。

ただ教えたい事はひとつ。

混雑した待合室。
電車やバス。

もしもそんなに疲れていなければ。

筋トレに時間を使い
体幹を鍛える為に

若者は立つ。ベンチは開けておく。


それだけは自分の為でいいからして欲しいとほんの少しだけ思った。





ココ


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