ココからのブログ

昭和生まれの50代ココです。

二郎と切り株とロールケーキ。

なんでそんな変わった事ばかり起きるのかとよく言われる。
そして変わった人とよく出会う。
類は友を呼ぶだねとよく言われる。

じろうとの出会い。




転勤族なので今まで引っ越しをかなりしたが、10年くらい前に住んでいた物件の大家さんが風変わりな人だった。


当時我が家は子供3人が全員まだ家にいた。

物件を選ぶ際、子供全員の学区に合わせ、色々揃った便利な場所となると誰もが皆住みたい地区。
なので家賃もそれなりにお高い。

毎回転勤の辞令から慌てて見もせずに適当に探し、バタバタと暮らし始める住処はどこかかならず不満があった。
その時は家賃も駐車場代も高すぎた。
2台目の駐車場は歩いて5分もかかり不便極まりない。
あったらラッキーくらいの感じだったが、新たな物件探しが始まった。


インターネットで見たその物件。
古い団地をうまくリノベーションしていて、立地がよく目の前に素敵な木が生えていた。


ネットの連絡先にかけてみると、大手のサイトではなかったからか大家さんが直接電話に出た。
ちょうどその物件にいるとの事ですぐに見せてもらえることになった。


私は根がせっかちなので電話を切ってすぐにダッシュで走っていった。


五分もかからないで着いた物件の前に、待ち構えたように佇む男性。

それは完全に俳優の佐藤二朗さんだった。
にこりともせずにあの感じで立っていた。

思わず本物かと思うくらい似ていて、その後私の頭の中での大家さんの呼び名は二郎になった。

一般的にはたぶん、かわりもの。


話してみると大真面目な話し方に独特の間がある。
沈黙がちょっと長い。
長すぎる。
聞こえてなかったのかと思うくらい返事が返ってこなかったり、
すごく饒舌かと思うと気まずいくらい静かになる・・・


なにか不思議な人だった。




見せてもらった部屋は築年数から古さは否めないが、良く言えばアンティークな雰囲気。
古い茶色い家具が映えそうな真っ白に塗り直した壁。



なにより良いのが窓から素敵な木が独り占め出来る。
葉っぱが鬱蒼と茂っているが隙間から木漏れ日が部屋に入る。
一階の奥で、窓の外の小さい庭のようなスペース。
ここを贅沢に我が家が独り占めできる。
窓からの景色がまるで絵画のようだった。


場所と広さに対しては破格の安さと窓からの景色が決め手となり、夫も了承したので数日後にそこに引っ越しをした。


暮らし始めて気がついたのだが、二郎はほぼ毎日なにか作業をしにここに通って来ていた。



当時末っ子が小さく専業主婦だった私は、出かけるたびにほぼ毎日顔を合わせた。
なにか作業をする横を挨拶をして通り過ぎる。

普通はそういう時、一言二言無難な天気の話題をするのだろうが二郎は違っていた。


唐突に宇宙のふしぎ、地球環境、哲学のような話になった。
ニコリともせずになにか格言のような複雑な事を言う。




二郎は私と同い年だったが、間違いなく変わり者だった。
なんか怪しい人。
住人にはそう噂されていた。


酔って入った居酒屋の便所のカレンダーに
ニーチェの格言かなんかが書かれてて
場違いながら個室で用を足しながら、ふと人生について考える。



場違いなんだけど、なんか心に残る。
昔、ムーとか読んでいた私。
二郎の話は嫌いではなかった。

行動力がやばい。



ある日。

朝から出かけて家に帰るとなにか部屋が違って感じた。
どことなく雰囲気が違う。
気分が全然違うのだ。
カギもかけていたし部屋の中も何も変わってはいないし荒らされた形跡もない。
でも全然違う。


不思議な気持ちでテーブルでお茶を飲んでいたら、お茶を吹くほどびっくりした。



窓の外の木がすっかりなくなっていた。



視界が開けて部屋が眩しく明るい。

物静かな文学少女がスポーツ大好き陽キャに変わったくらい部屋が変わった。


二郎はたぶん視界を遮って邪魔だろうから良かれと思って切ったのだな。

いきなり窓の外に現れて、この木邪魔ですよねと以前言っていた。

ぜんぜん邪魔じゃないと言えばよかった。

がっかり。



そして数日後、唐突にピンポンが鳴った。

暇ならちょっとついて来て欲しいと言われた。


ドキドキしながらついて行ってみた。
二郎がいつもずっとなにか作業していた部屋。

そこはびっくりするほどリフォームされた室内空間だった。
IHキッチンに床がフローリング。
下に机を置けるベットまである。
部屋を2つに区切れるようにカーテンレールまでついていた。


こっちに引越しませんか?

きょうだいの部屋とか、希望があれば棚でもなんでも作るという。
エアコンもストーブも新しく私が買います。
引っ越しも手伝います。




何故?

リフォームにハマったか?

今後のリフォームのモデルケースとして我が家が実験みたいなもんなんじゃない?
夫は能天気にそんなことを言った。


私もこだわりの窓の外の木がなくなったのでどうでも良くなり、また同じ建物内で引越しをした。
だが二郎のリフォーム熱はまだ終わりではなかった。
会うたびに色々な提案をされる。



隣の部屋へベランダ経由で入れる仕組みを作ってリフォームして2つぶん使いませんか?
部屋が足りないでしょ?


当時小学生の息子が目を輝かせた!
「なにそれベランダから隣に行くって面白そう!そっちは俺の部屋がいい」

ありがたかったのだが、暮らしてみてカーテンレールが取れたり玄関の鏡が若干斜めっていたり、二郎はあまり器用ではない事に気がついたし、我が家だけそんないい部屋になっても気まずいので丁重にお断りし月日は流れた。




クリスマスの日ピンポンが鳴る。




イオンで買ったロールケーキを5箱抱えるように持って立っていた。
男の子のキャラクター二つと可愛いのが三つの家族分。
半額シールがついていてお得だったので思わず買ったようだ。

にこりともせずにケーキを渡すサンタさん。



その夜は生まれてはじめてロールケーキを一人一本手に持って、恵方巻のように贅沢食いをした。



切り株の思い出。



数か月後。

二郎は再びピンポンを鳴らした。
ピンポンを鳴らされるのも慣れっこになってきた。
会わせたい人がいるので今いいですか?と言った。
ちょっとびっくりしたが部屋に入ってもらい、座布団をだした。
綺麗な中国人の女性と二人座布団に座り何か改まって挨拶をした。



結婚して数ヶ月後に中国に行くとのことだった。
なにか計画していることがあるようだ。


二郎は昔、教師をしていたらしい。
人とそりが合わなかったり色々あって辞めたそうだが、なんとなく納得だった。
たぶんかなり頭のいい人で、夢があって中国で次の人生を歩もうとしていた。






私は今では違う土地に住んでいるが、あの建物の前を時々移動中に通ることがある。
あの一部屋だけが不自然なほど立派にリフォームされたまま残っている。

切ってしまった素敵な木の切り株もそのままで、数年後新しい大家さんに譲渡されたようだ。


通るたびに変な大家さんだった二郎との色々な思い出が浮かぶ。

少し危うくて心配な同い年。
変わり者だったが魅力的な人だった。

中国でどうか元気でいてほしい。



ココ