最近の日本中を震撼させた悲しすぎる出来事は思ったより強く心を揺らしたようだ。
ふわふわと現実味がなく体に力が入らないような感覚がした。
私は心が弱いのだろうか…
ここ数日のあいだぼんやり色々な事を考えていた。
むこうに行くのが早すぎた人たち。
こうも良くない事ばかり次々と世の中で起きると、テレビはいよいよ雑音でしかない。
例えば可愛い動物たちが出ているような番組を見ていてもなんだか心から楽しめない。
ここ数年の間、この四角い画面からは痛ましいニュースや辛い日常ばかりが毎日流れ続け
何か起きるとそれは誰のせいだったのかを責める好き勝手な意見ばかりが流れては消えていく。
ネットの世界もそうだ。
今という救いようのない苛立ちまみれの時代が終わり、何かが変わることだけを待っている日々。
それでも人は忘れながら生きている。
誰かが亡くなった。
お気の毒に・・・
いっときそんな感情になっても2日も経てば少しずつ忘れ、他人事として自分の暮らし
日々の営みに戻る。
いちいち落ち込んでいては身が持たない。
いつまでもその悲しみに留まっていたところで亡くなった人が戻る訳では無い。
コロナが始まってから芸能人の死を随分多く目にした。
それはコロナだったり中には自ら命を絶つ人もいた。
私も元気だった知り合いが重い病で闘病をしているという噂を聞いた。
そしてその噂からすぐにあっけなく早すぎる死を迎え旅立った。
ここ数年で人が死ぬということが以前より身近になった。
そのたびに否が応でも命について考える。
当然だが人は死んだ日までの出来事しか見ることは出来ない。
今日亡くなった人は明日地球が終わってもそれを知る由もない。
そんな当たり前のことだが、ふと思う。
優しかったあの人も芸能人のあの人も
もし今のこの世の状況を知ったらどう思っただろう。
侵略や襲撃で人が人を殺す。
人間が退化しているのではないかと思うような蛮行が繰り返される日々。
その前に死んだ彼らは何も見ずに済んだのだ。
みんな、なにか良くないことが起こる前の勘が働いたのだろうか。
これから起きるであろう出来事に対しての得体のしれない胸騒ぎ。
勘が良すぎていちはやくあの世に避難してしまったのだろうか。
何かに守られ壊れかけたこの世から連れていかれてしまったのだろうか。
10年以上も昔。
ろう者の友人に浪江町出身の人がいた。
当時60代のその人の両親は大震災前に早くに亡くなられたそうだ。
そのことを心底ラッキーだったと話していた。
大震災でたくさんの人が亡くなり大切な実家を失った。
そして福島出身だと言いづらい時期がその人にはしばらくの間あったようだ。
当事者だけが感じる他人にはあまり分からない差別の感情。
幼い頃からろう者だと差別されて生きてきた。
人生後半ようやくおだやかに暮らす日々に突然起きた大震災。
それ以降ふるさとについて話せなくなっていた。
それを両親は何一つ知らない。
その出来事の前に亡くなってくれて本当に良かったと手話で話した日のことを思い出した。
親が長生きしなくて本当によかったと話すあの時の気持ち。
当時はどうしても意味が分からなかった。
そんなのおかしいよ、何も気にすることはないじゃない。と私は言った。
でも今なら少しだけ理解できるような気がした。
亡くなったあの人もあの人もみんな優しい人だったから。
今の辛い現実を見ずに亡くなって良かった。
なぜならきっと人一倍心を痛めて苦しむに違いない人達だから。
当時は分からなかったあの複雑な気持ち。
世の中が暗く見たくないものが多い。
それでも人は前を向いて生きなければならない。
めぐまれているということ。
グダグダと頭で考えるこの時間。
平和な場所でつまらない事を考える。
これは世界一無駄な時間だ。
それだけ自分が恵まれているということで
私のように考える時間がある人はとても幸せ者なのだ。
本当に困っている人は、日々の暮らしに追われ考える余裕もない。
30年以上前に母と夜逃げした当時。
その時は飯を食うのに必死で余計なことを考える余裕なんてまったくなかった。
目を背けたい世の中でも、生きていくためには人は立ち止まってなどいられない。
重い気持ちをどうにかやり過ごして次に進まなければならないのだ。
昔は寿命が50歳くらいだったと聞くが
昔だったらもう自分の残りの人生は後半のオプション期間だ。
そう考えると気が楽だ。
それならば思い切りよく好きに楽しむべきだ。
自分の生活を淡々とこなせばいい。
うまい飯を食い、風呂に入り、本を読み、映画を見る。
それができる平凡な毎日。
考えてみれば、なんて幸せな事だろう。
足るを知り、感謝して笑いながら暮らしたい。
誰かを許せなかったり誰かのせいにしたり、
そんな想いに囚われる人生はもったいない。
出来れば人がお互いを認め合い
人を許し合う世の中。
そんな未来をこの目で見たい。
ココ