罪悪感

田舎娘の恥ずかしい若気の至り。

罪悪感


誰にでも後悔している事が1つくらいはあると思う。普段は忘れていてもなにかの拍子に思い出すと、あーあとため息が出る出来事がある。

高校3年の秋


田舎から都会に就職試験を受けに行く事になった。

夜8時に出発する高速バスで早朝には品川に着く。
そして試験会場へ何度か乗り換え向かう。

今の子どもならスマホで調べながら余裕で行けるのだろうが当時の田舎の高校生には大冒険の旅だった。

修学旅行でしか東京に行った事のなかった私には一人で行く東京なんて不安だらけの旅であった。
心配性の母親もきっと同じか、私より不安を抱えていたに違いない。

出発の日。

少し早めの夜ごはんを食べながら着いてからの乗り換えや様々な注意点を確認した。
海外にでも行くかのようだ。

なにがあるか分からないから早く行きなさい。それが口ぐせの母は早目に出発を促した。
そういうところは完璧に私は遺伝したのだろう。常にせき立てられるような焦燥感。
親になった私も早くしなさいと常に子供達に言っていた。

まだ全然早いがバスターミナルに向かう事になり、出がけに母は玄関で紙袋を手渡した。

「これ持って行きなさい。」

渡された紙袋の中には銀のアルミホイルに包まれた大きなおにぎりが5つも入っていた。
たぶんこの娘は店にも入れずにすきっ腹で歩き回るだろうという親心。


私を送迎するために珍しくしらふの父とバスターミナルに着いた。
案の定1時間以上早く着いてしまったが、思ったよりたくさんの人がすでにバスを待っていた。
同じように試験に向かうであろう高校の制服をきた人。
季節をずらして帰省したのか家族との別れを惜しむ人。
出張帰りのサラリーマン。
私の目にはすでにそこが東京の入口だった。

隣には落ち着かない様子で煙草を吸いながら、裸足にサンダル履きで貧乏ゆすりを繰り返す父が平気で吸殻を下に落としてる。父のだらしなさがひどく場違いに思えた。

時間になりバスは出発した。
窓から見える父は同じように見送りにきた高校生の父とすでに打ち解けた表情でなにかを話していた。
父にはどんな状況でもそんな人懐っこい面がある。
きちんとした身なりのその親と対照的な姿でニヤニヤしながらこちらを見る父を窓からじっと見ていた。

なにもかもが恥ずかしい。



バスはしばらく走った後、高速道路に入る。
車内は皆それぞれの時間を過ごしている。読書をしたり画面に流れる映画を見たり。

数時間で自然に真っ暗になった。
緊張からか夜中何度も目を覚ました。何度も腹が鳴っていたがどうしても紙袋をあける事ができなかった。

すでにみんな寝ているし、紙袋がガサガサするのも気になった。母が持たせた紙袋のおにぎりが私の大好物の筋子だということも知っていた。
紙袋をあけて静かにおにぎりをほおばることなど簡単な事であったが、筋子のにおいがこれから東京に行くバスの車内にそぐわないものに感じていた。
結局ひざに置かれた紙袋は朝まで開けれないまま東京に着いた。


寝不足と緊張と空腹の都会の朝。
紙袋を持ちながら歩いた。
誰もが他人のことを気にしていない中、おにぎりを持っているのに激しい空腹を我慢して歩いた。
必死で乗り換えをしながら歩く歩く。だんだん人が増え都会の電車が混雑する。

つり革につかまりながら窓の外を眺めている。頭の中は紙袋のおにぎりの白いご飯に筋子が染みているだろうなと想像しながら。
今の私には関係のない事だというフリをしながら頭の中はいまさら出せないおにぎりだらけで車窓からの景色を眺める。

試験会場の最寄り駅についた私はトイレに入った。駅のトイレで一瞬迷い、紙袋をゴミ箱に捨てた。試験に行くのに邪魔になったからだ。心配ばかりしている母の顔がよぎったが振り切るような気持ちで空腹のまま試験会場へと向かって行った。

見栄を張っていたあの頃。

その日は試験を受けた百貨店からホテルでテーブルマナーという名目でフランス料理を振る舞われた。受かってもいないのに接待されるまだバブルの頃だった。おいしいのかよくわからないままないナイフとフォークで料理を食べた。

あの頃の私。

一体なにをそんなに恥ずかしがっていたんだろう。
今ならばバスであれ、人が行き交う駅であれ平気でおにぎりを食べれるはずだ。
18歳の田舎娘は母の田舎くさい大きな丸いおにぎりを人前で食べる事がどうしても出来なかった。
自意識過剰に周りの目を気にして空腹と戦っていた。

無事、家に帰ってから聞かれた。

「おにぎり美味しかった?」

「うん」

「ほらね。だからどんな時でもおにぎりを持って行くもんなんだよ。どこでも食べれるんだから」

「ありがとう」

この嘘と罪は誰にも話したことはない。

自分にはこういうところがある。

もう1人の見栄っ張りな自分を自分自身がよく知っている。いとも簡単におにぎりを捨てた後悔。

でもそれがまだものを知らない幼さだったのだろう。

ココ



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