一年前の今頃のはなし。
娘といった喫茶店が色々な意味で凄かった。
なんか定期的にこういう事がある・・・
老舗名曲喫茶
そこは開業が昭和30年代。
クラシックの流れる店内でゆったりとした時間が過ごせる名曲喫茶。
そんな謳い文句の店だった。お店は二階建てでレトロな店内に重低音のスピーカー。
二階が特におしゃれで雰囲気があって人気のようだった。
娘から見せてもらった店のメニューを載せたインスタグラムには、昔懐かしい固めプリンのパフェやミートパイ、昭和を感じるクリームあんみつ。見ているだけで楽しかった。
考えてみると、SNSの普及でこうやってあらかじめメニューを見てから行けるのが便利な時代になったものだ。ひどいまずさにあたるなんて失敗が少なくなった。
どれを食べたとしてもおいしそうだし長女と二人で行って見ることにした。
せっかくだからクラシックの店内で優雅に過ごそうと思いカバンに小説を入れた。
夏のように暑かったが散歩がてらGoogleマップを頼りに歩き店に着いた。
店の前に着いた瞬間。
なんとなくだが入らないほうがいい予感がした。
ババアの直感センサーが働いたのだ。
店の前のレトロで素敵な雰囲気も写真そのまま。
外から見えるケーキのショーケースには可愛いケーキも並び、見たところなんの問題もない。
そうなんだけれど・・・
なんとなく心の底でいやな感じがした。
残念ながらやっぱりこういう時の直感はたいてい当たるのだ。
あの時やめればよかった。
こういう後悔はたいてい先に立たない。
外はギラギラ暑かったし、せっかく来たんだしと気を取り直して店に入った。
そして店のドアを開け店内に入り二歩ほど進むと
「きちんと消毒してください!」
ものすごい高圧的な口調でムッとした女の人に言われた。
一秒前の予感的中なのだ。
言われなくても消毒しようと思っていたし完全に命令口調だった。
もういい加減コロナのお互いをばい菌扱いみたいな過剰な反応も飽きてきた。
同じこともやんわりと言えばいいだけの話だ。
その女性は昭和を感じる急カーブ細眉のたぶん40代くらい。
あきらかに私よりも年下なのだが、こういう時はいつも思う。
女性は高圧的だと実年齢よりぜったいにババアに見える。
怖い先輩っていう感じがすごいのだ。
高校で一年生の時によくいた意味もなくにらんでくる一個上の先輩ってタイプ。
田舎ヤンキー感がものすごい。
今思うとこの瞬間に
やっぱいいですと帰ってくればよかった。
でもある意味退屈しない話のネタ満載の時間だった。
優雅さのかけらもなく。
お目当てのレトロな二階席は、ダメですと言われた。
二階にいちいち料理を運ぶのがだるいのかばっさりと断っていた。
狭い一階の店内は結構な密。
これなら二階にも人を分散させればいいのにという気もした。
メニューを見て悩んでいるとちょっと早すぎるタイミングでオーダーをとりにくる。
接客もいちいち口調が強いのだ。
頼もうとしたケーキが品切れしてる時のないですの言い方。
ミートパイが単品で頼めるか聞いた時の返事の仕方。
たぶん娘はもうちょっと何にするか悩みたかったが、その人の急かすような圧に負けて注文した。
ちょっと滑舌が悪かったのか
マスクのせいなのか
先輩ははっきり聞こえなかったのだろう。
「え?」
めちゃくちゃ強く聞き返された。
私は50年以上生きてきて圧たっぷりに聞き返す
「え?」
これが世界一大嫌いだ。
もしその時娘といなかったら絶対に
「あん?何やさっきからその言い方!」
こちらも田舎ヤンキー口調で先輩にガツンと言い返したかった。
一年に一回くらいキレてもいいかなと少し思ったが我慢した。
注文をしてしばらく店内を観察していると店はひっきりなしにお客さんが入ってくる。
ここは観光地なので、おそらくガイドブックやSNSの写真でこの店を見た旅行者の方々も多い。
席に通される
注文を聞きに来る
女性の強い口調にお客さんがちょっと戸惑う
負けないくらいお客さんが気が強いとあきらかにムッとして注文している。
気が弱いタイプだとなんにも悪くないのに、すみませんと言ってしまう。
聞いていてすごく気になった。
こういう嫌な空気は伝染するのだ。
見ていると立場がありそうなスーツの男性がコーヒーをひとつ注文するのに対しては、その女性の口調は普通だった。
普通が出来ないわけではないのだろう。
ここのどこが優雅な名曲喫茶なんだろう。
確かにクラシックはいい音で流れていたし、店の中は絵画が飾られていた。
クチコミの素敵だというオーナーは残念ながら不在だった。
もう本を読むのは諦め、ヤンキー先輩を観察しながら娘と雑談をしていたら頼んだものが運ばれてきた。
「ミートパイは?どちら?」
「あ、はい」
ガタン。
ゴトン。
30年も昔ウェイトレスをした時に厳しく教育されたのを思い出した。
ガサツな性格だったので練習の時は怒られてばかりだった。
グラスに指を挟んで静かにゆっくり置けば音がしないと習った。
お待たせしましたをはじめとする言葉遣いも当時は厳しかった。
今思えば接客業には最低限必要な当然のおもてなしの基本だった。
小姑のように見ていたのだが、わざと音をたてているかのように料理を置いてにこりともせずに立ち去る。
私たちの水のグラスは二つとも空っぽだったが二度と戻ってはこなかった。
言われなければ水を出さないのだろう・・・
ここまで強烈だと来た甲斐もあったとさえ思えてくる。
昔ドリフ大爆笑であったもしも〇〇な店員さんがいたらみたいなコントに登場しそうな感じ。
いかりや長介が客で入って態度が失礼過ぎてがっかりしてる光景が浮かぶ。
無性にもしもシリーズが見たくなった。
お店の厨房からは、さっきのおねえさんのものすごい勢いの私語。
がちゃがちゃと洗い物をしている音がひっきりなしに聞こえる。
観光で来た人は、良さそうな箇所を一生懸命写真を撮っていた。
たぶん本当はレトロで素敵な二階の写真を撮りたかっただろうに。
パフェは最高だった。
ミートパイもかなり美味しい。
水が飲みたいが口もききたくないので我慢した。
意地でも水をくださいと呼びたくないのだ。
娘は食べる前にパフェの写真を撮っていた。
惜しい。
いろんな意味で惜しい。
残念でならない。
きっとこの店は黙っていてもひっきりなしに人が来るのだろう。
今写真を撮っているあのお姉さんたちも、素敵なお店でしたとインスタにアップするのだろう。
クラシックが流れている店内でゆっくりくつろぐはずが
本当に残念だった。
カフェなんて慣れないことをせずに公園でパンでも食べるほうがよっぽど楽しくて美味しい。
うるせえばばあは私?
それにしても今は皆スマホで写真を撮るのが上手すぎる。
場面を切り取った写真が素敵すぎる。
写真で勝手にものすごくいいものを想像して、ちょっとガッカリする事もある。
さすがにここは、あまりにも思ったのと違ったし混んでいたので頑張ってそこにいる必要もない。
なので食べ終わるとすぐに店を出ることにした。
厨房で話に夢中だった大先輩がすこし慌ててレジにやってきた。
私が死んだ魚のような目で佇むのを見て、なにか感じたのか
途中からやけに愛想がよくなった。
「どちらからいらしたの?」
帰りがけだけ愛想がいい。
人見知りがはじまった赤ちゃんがバイバイするときだけニコニコするのに似ている・・・
どうせなら最後まで高圧ガールを貫いて欲しかった。
ストーリーな女たち ブラック Vol.42 高飛車な女【電子書籍】[ 甲斐今日子 ]
観光地。
昭和から続く歴史ある喫茶室。
素敵な空間。
文句のない美味しいデザートとコーヒー。
旅人がワクワクしながらしながら訪れるお店。
料理だけじゃなくて、みな素敵な時間を過ごしたくて訪れる。
おそらくは長くても一時間そこそこだろう。
ほんの少し優しく丁寧に話して、もう少しだけ気を遣ってくれたら
もっとみんな満足して嬉しいきもちになれるのに。
そうやって働いた方が自分だって絶対に楽しいのに。
おもてなしの心をもった店員さんを演じればいいのに。
働いている人ってみんな多少なりとも優しさを演じているのでは。
それがプロなのでは・・・?
みんな素敵なお店に行ったと思われたいから写真を載せる。
パフェ最高でした。
おしゃれな店内でした。
素敵でした。
インスタに載っている写真はたしかに素敵でひっきりなしに人はやってくるのだろうけどなんかあの態度にはがっかり。
そんな風に思うのはきっと私が
いちいちうるせーおばちゃんになったのだろうなと思う。
「ま、美味しかったからいいじゃん。」
娘にそう言われながらとぼとぼ歩いて帰ってきた。
後から娘とびっくりした。
そのお店の100件以上のクチコミ。
よくよく見るとものすごい数の評価1の数。
あんな接客初めてです。
最悪でした。
口調が怖かった。
料理の置き方が乱暴すぎです。
二度と行かないです。
なんとオーナーの娘で4年前から接客態度について書かれていた。
こんなに苦情が殺到しているのに一切自分を変えない鉄の心。
きっと自分の評価を読んでもまったく落ち込まないし直す気もないんだろう。
「ストレスもたまらないし生きやすいだろうね。
すこしこの人の性格を分けて欲しいんだけど。」
娘がそんなことを言い出した。
娘は繊細でめちゃくちゃ優しいのだ。
でも私はぺこぺこしちゃっても、気が弱くても
やっぱり優しい女の人のほうが絶対にいいと思う。
ココ